
Q:現在は福岡ソフトバンクホークスのリリーフエースとして活躍、そして今年は3月に行われたWBCにも日本代表として出場した馬原投手ですが、野球を始めたのはいつ頃からですか?
馬原:3歳か4歳の頃ですね。僕には6つ上の兄がいて、近所でよく野球をして遊んでいました。周りにも野球が好きな友達が多くて。気づけばボールを握っていました。もう幼稚園に通っているときから『プロ野球選手になりたい』と言っていました
Q:その夢を持ち続け、そして熊本市立高校(現・必由館高校)を経て九州共立大学に進学されたわけですが、この大学を選んだきっかけは?
馬原:高校3年生のときにプロの世界に行くか大学に進学するか悩みました。ただ、当時の僕はまだ体の線が細くてまだまだ鍛える必要がありました。また、あの頃はとんでもなく凄い投手というのをこの目で見たことがありませんでした。
当時の共立大には山村さん(=山村路直、元福岡ソフトバンクホークス投手)や渚さん(=新垣渚、現福岡ソフトバンクホークス投手)がいました。150キロを越えるものすごく速いボールを身近に感じることができる。真横で見ることができるかもしれない。それでこの大学に迷わず進学することを決めました。
Q:では、入学されてすぐに野球部に入部されたのですね。
馬原:そうです。入部してすぐ、投球練習をするためにブルペンに行ったら、監督さんに指示された場所は山村さんと渚さんの真ん中でした。並んで投げたら、本当にとんでもないボール。最初は嫌になりましたね(苦笑)。でも、僕もこのようなボールを投げたいという目標ができました。
Q:九州共立大学での4年間はどのような生活でしたか?
馬原:僕の目標はプロ野球選手になるということではなく、プロの世界で活躍することでしたから、4年間で体作りをして投球フォームもしっかりしたものを築いて、隙のない投手になってプロへ行くんだと思っていました。生活は寮で送りました。野球部のみんなとの暮らしは楽しかったですよ。親元を離れたのは大学生になってからですが、僕は早く家を出て自立したかったので不安はありませんでした。キャンパスでも野球部の友達と一緒にいることが多かったですね。学食でカレーを食べてグラウンドに行っていたのを覚えています。
Q:九州共立大学に進学したことで、大学でしかできない経験もたくさんあったと思いますが?
馬原:やはり18歳から22歳という多感な時期に、人間的な成長があったとおもいます。野球部の監督からは『我慢』という言葉をよく言われました。『何事も我慢をして、そして何かを得る』と。その気持ちは今も持ち続けています。
また、20歳前後というのは自主性を求められる年齢だと思います。高校まではやらされる練習でしたが、大学では自分でメニューを考えて、自分で時間を見つけてやるのが当たり前でした。練習に集中できる環境は整っていましたし、自分のペースを作り、それを守ることは大学の4年間で身につけました。
Q:4年間の経験が今の馬原投手にどのように生かされていますか?
馬原:すべてですよ。その4年間が僕の下積みになっています。それがなければ今の自分はありません。
Q:また、3月に行われた第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に前回大会に続き出場され、日本代表の連覇に大きく貢献されました。
馬原:第1回のWBCは途中から召集されてメンバーには入りましたが登板機会はありませんでした。しかし、今大会は5試合に登板し日本代表の世界一に少しでも貢献することができたので本当に嬉しいです。WBCのあれだけの緊張感の中で投げることができたので、今後はあらゆる場面でも緊張することなく自分の投球ができると思います。日本に戻ってきたらホークスの一員なので、ホークスの日本一に貢献できるよう精一杯頑張りたいと思います。
Q:では、馬原投手から九州共立大学の後輩たちにメッセージをお願いします。
馬原:大学の4年間は自ら上手に時間をコントロールすることによって、自分で自由に変える時間がたくさんあります。遊ぶときは大いに遊んでいいと思います。でも、何か目標を持って1日1日を過ごすことが大切です。その目標も、大きな目標と叶えるのがそれほど難しくない目標の両方を持った方がいいと思います。大きな目標だけでは漠然としてしまってなかなか近づくことができません。階段を上るように一つずつ叶えていけば、いつか大きな目標に到達することができると思います。
Q:現在の馬原投手の目標を聞かせてください。
馬原:昨年、プロ通算100セーブという数字を達成しました。でも、満足はしていません。このまま抑えを続けていけば、200セーブや300セーブという数字は当たり前になってくると思います。僕は400セーブ、そしてもっと上を目指していきたい。誰も達成していないような記録をクリアしたいと思っています」
(参考:日本記録は286セーブ。世界記録は554セーブ。いずれも2008年まで)