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九州共立大学 教員リスト

九州共立大学 永松 美保 (Nagamatsu Miho)(共通教育センター)

教員写真
教員氏名 :永松 美保
ローマ字 :Nagamatsu Miho
所属学部 :共通教育センター
所属学科
職名 :教授
研究室 :学思館3F
研究室電話番号
研究室FAX番号
メールアドレス :miho@kyukyo-u.ac.jp
学生諸君へ 大学4年間は、あっという間に過ぎて行きます。気づいたらもう4年生になっていて、卒業が直前ということもあります。学業にしろ、クラブ活動にしろ、有意義な4年間を過ごして下さい。現在、様々なところでグローバル化という言葉が囁かれています。21世紀を生きる貴方達が社会で必要とされる力はパソコンの技術力、英語力、他者とのコミュニケーション力だと思います。貴方達の英語力の向上を少しでも手助けしたいと思っていますので、一緒に頑張りましょう。
取得学位 文学修士、博士(学術)(乙、第2号)
学歴 西南学院大学大学院 文学研究科 英文学専攻 博士前期課程 修了。修了後、西南学院大学大学院 文学研究科研究生。
専門分野 イギリス文学(現代小説)、イギリス文化研究、小学校英語教育
所属学会名 日本英文学会九州支部
日本英文学会
日本キリスト教文学会九州支部
日本ヴィクトリア朝文化研究学会
英米文化学会
国際寺山修司学会・運営委員
小学校英語教育学会
TESOL
JACET(大学英語教育学会)
九州英語教育学会
教育研究社会活動の概要 九州国際大学 公開講座講師
福原学園 公開講座講師
水巻町南部公民館 公民館講座講師
高等学校における進路説明に関する出前講義
小学校における異文化理解に関する出前講義
担当授業科目 [九州共立大学]
英語T・U、英語コミュニケーションT・U、英語T・U(再履修)、文学の世界、異文化を考える
[九州女子大学]
英語T・U、英語ゼミナール、キャリアデザインZ・[
学内における委員会活動等
社会貢献・国際連携等
種類 著書・
学術論文の
名称
単著共著 発行年月等 発行所等 概要
著書 新世紀の英語文学―ブッカー賞総覧2001−2010― 共著 2011.10. (株)開文社 全392頁 2007年にブッカー賞を受賞したA. Enrightの作品、The Gatheringを担当し、大家族のヘガティ家を最近襲った悲劇の原因が世代を超えて何代も前にあることを解読した。当時、思春期前の無垢な年齢にあった主人公Veronicaと兄Liamが既婚者である祖母Adaを慕う性欲旺盛な男性によって、性的虐待を受けたことが彼女達のその後の人生にどのような影を落としたかを、前世代のヘガティ家の者の生きざまに見られる闇の部分を「罪」とし、そして、それがもたらす現世代への影響を「罰」として、「罪と罰」というテーマで作品を分析した。(第12章、「ヘガティ家の罪と罰―アン・エンライト『集い』」pp.207〜224、及び、粗筋、p.313、345、368担当。)(編者高本孝子、池園宏、加藤洋介、分担執筆宮原一成、金子幸男、松田雅子他)
著書 小学校教員をめざして―教育実習の基礎基本― 共著 2008.5. (株)ぎょうせい  全200頁 小学校教員を目指す学生が多数存在する人間発達学科の特性上、彼女達が教育実習に行った時に少しでも役立つように、平成19年現在、総合の時間の中で、どのように現場の先生方が英語の指導を行い、文部科学省が小学校での英語学習の何に主眼を置いているのかを解説した。(第3章、第5節、2「英語教育について」pp.133〜137担当。)(分担執筆中村重太、中谷雅彦、太田光洋他)
著書 文学における《愛の位相》−想像力の磁場に− 共著 2004.3. (株)東京教学社  全360頁 「M.ドラブルの『針の眼』(1972)における社会性」の項を執筆し、1960年代の作品で社会の様々な矛盾・不平等などを描いていたDrabbleが、’70年代の作品になって労働者階級の者を語り手に置き、更に踏み込んで階級問題等の社会問題を捉えていることを指摘した。そして、Drabbleがこうしたイギリスの持つ社会問題を描く意図をイギリスの社会的・文化的背景から分析し、彼女の意図を小説家が持つ社会的使命と絡めて考察してみた。
(第12章「M.ドラブルの『針の眼』(1972)における社会性」pp.199〜212担当。)(編者安徳軍一、分担執筆大塚定徳、木原誠、田部井世志子他)
学術論文 The Development of Writing Techniques in M. Drabble’s Works Focusing on The Waterfall (1969) and The Seven Sisters (2002) (査読付き) 単著 2014.5. New Writing: the International Journal for the Practice and Theory of Creative Writing (Routledge/Taylor and Francis) 初期の作品では、日常性に立脚した比較的平易な作品を描いていたドラブルが、20世紀終わり頃から語りの難解な作品を手掛けるようになっている。彼女の初期の作品の中で、初めて語りの技法を用いた作品と21世紀になって刊行された作品の中で特に語りが複雑な作品を選び、彼女の創作手法がどのように発展してきたか、そして、そうした作風の変化に至る背景が何であったのかを考察してみた。
学術論文 ..
学術論文 Family and Human Relationships in Margaret Drabble’s Works: Focusing on The Ice Age 単著 2010.8. キリスト教文学会九州支部 『キリスト教文学』28、29合併号 pp.88〜106 Drabbleは、彼女の初期の作品で、親子関係、兄弟関係の希薄な主人公達の人生を描いている。初期の作品に作家が今後、作中で追い求めるテーマが見出せると言われているように、こうしたDrabbleの家族関係を描く姿勢は、比較的一貫したものとなっている。彼女の中期の作品となるThe Ice Ageのメイン・テーマは、イギリス病に罹っているイギリスの状況を描くことにあると思えるが、その背景には、やはり親子関係、兄弟関係の希薄な主人公達の姿がある。ペシミスティックな作品ゆえに、作中、何も救いがないように思えるが、Drabbleの家族関係の描き方は、確かに初期の作品からは異なったものがあると思える。彼女の家族関係、ひいては、人間関係の描き方が初期の作品から中期の作品に及んでどの様に変化してきているのか、そして、それに付随して、テーマの選沢がどの様に変化してきているのか考察してみた。
学術論文 M.ドラブルの『7人姉妹』に関する一考察 ―キャンディダの人生と語りの技法― (査読付き) 単著 2008.3. 英米文化学会 『英米文化』第38号 pp.47〜64 人生の後半に差し掛かった主人公キャンディダは、夫の裏切りに遭遇し、新たな人生を歩く決意をしなければならない。学業生活を終了後、すぐに家庭に入ったキャンディダは、経済的に自立ができる状況でもないのに、何故か彼女は新生活に関して期待に満ちている。家族と別れて新生活を彼女がどのように展開していくのか、主に離婚前後の彼女の家族との関係から生活状況を比較考察した。また、この作品では、「単純、明快」であることをその創作信念としてきたドラブルが、4部に分かれている本作品の語りに関して様々な技巧を駆使し、作品の語り手が誰であるのかわからないような技法を用いている。ドラブルがこうした様々な語りの技巧を用いる意図がどこにあったのか、作品展開との関連性から考察してみた。
学術論文 M.ドラブルの『黄金のエルサレム』における家族関係―母娘関係から中心に見た或る家族の姿― (査読付き) 単著 2007.3. 英米文化学会 『英米文化』第37号 pp.61〜77 親子関係を「無私の愛」の関係と捉えるDrabbleであるが、何故か彼女が描く親子関係は親子の愛情交換が上手く行かず、親、子、共に孤独に生きている者ばかりが目につく。本作品でもそうした親子のあり様は例外ではない。Maugham夫人は、慈愛に満ちた優しい存在と捉えられる母親の持つ一般的イメージを覆すほど邪悪な人物で、娘Claraの不幸の根源として描かれている。彼女達は、親子の愛情を深めていくことなどなく、互いに相手が疎ましい存在となっている。親子関係だけではない。この作品のなかでは、Maugham家の家族のあり様が、それぞれ痛ましいものとなっている。こうした作品の家族関係を分析し、Drabbleが作中で親子、夫婦、兄弟、即ち、家族間の愛の不毛を繰り返し描くルーツがどこにあるのか、彼女自身の生い立ちと関連づけて考察した。
学術論文 イギリス文学における一つの家族像-M.DrabbleのThe Needle’s Eyeに見る家族関係− 単著 2003.8. キリスト教文学会九州支部 『キリスト教文学』第22号 pp.46〜60 日本とイギリスには、様々な共通項が存在する。しかしながら、その国の人々の行動様式は、集団主義的傾向がある日本人と個人主義的傾向があるイギリス人という相反する形に大別できると思われる。The Needle’s Eyeを一読すると、読者は一種特異で希薄な家族関係―親子関係、夫婦関係―を目にすることができる。その希薄な家族のあり様を主人公Rose Vassiliou を取り巻く人間関係で紹介し、こうした家族のあり様をイギリス人のプライバシーを重視する個人主義的生き方と関連づけて考察した。
学術論文 The Garrick Year に関する一考察−Emmaの「女性性」と「母性性」の分析− (査読付き) 単著 2001.11. 『サイコアナリティカル英文学論叢』 第22号 pp.19〜34 The Garrick Yearの主人公Emmaは、Drabble の描く女性達の中で唯一夫の存在が身近にあり、且つ、母親である。それ故、自己確立の過程で「女であるということ」、「母であるということ」に付随する様々な問題が前面に出ている。若くしてDavidと結婚をし、夫に満たされない思いのEmmaは、夫の上司Wyndhamと不倫関係になる。しかしながら、彼との逢瀬の最中に、まだ幼き娘が目前で川に転落したことをきっかけに、Emmaは夫婦の絆を見つめ直そうとする。EmmaとDavidの二人が絆を見つめ直そうとして出掛けた公園で、二人は羊の腹に吸い付いている蛇を発見する。この光景からは、二人の今後を暗示する二面的解釈―積極的解釈と否定的解釈―が可能と思え、フロイトの「夢判断」等を用いてその二面性を解釈した。そして、これを踏まえて、作品全体を通してのEmmaの母性と女性にとっての新しい時代が確実に近づいていることから判断して、今後の二人の関係は否定的意味合いを多分に含んでいるのではないかと結論づけた。
学術論文 Ambiguities and Narrative Shifting in Drabble's The Waterfall (査読付き) 単著 1996.5. キリスト教文学会九州支部 『キリスト教文学』第15号 pp.89〜104 単純、明快であることをその創作上の信念としているDrabbleは、1920年代のJ.JoyceやV.Woolfらの実験小説に対する反感を述べながらも、The Waterfallでは初めて語りの変化という創作上の技法を用いている。又、彼女はThe Waterfallの中で様々な曖昧性、二面性を描いている。単純、明快をその創作信念とする彼女がこうした語りの変化や曖昧性、二面性を何の意図もなく用いるはずはない。こうした曖昧性が語りの変化とどの様に関係しているのか、語りの変化を用いる彼女の意図は何だったのか、Janeの揺れ動く心理をもとに考察してみた。
雑誌 研究報告:Many Layers of Modern Novels―A Conversation With Margaret Drabble―(査読付き) 単著 2012.6. 『WEB英語青年』158巻3号 2011年夏、LondonでDrabble女史本人にお会いし、対談することが出来た。彼女の創作に対する初期の頃の姿勢と現在の姿勢が異なることは、作品から読み取ることができる。その心境の変化の背景を中心に対談し、その内容を報告している。
紀要 M.ドラブルのThe Peppered Mothに関する一考察-家族の肖像と作品の重層性- 単著 2013.9. 『九州女子大学紀要』 第50巻1号 pp.15〜29 Drabbleは自らの母親を中心とする家族史の執筆を意図してこの作品を書き始めたが、出来上がった作品はドキュメンタリーとフィクション部分が同比重のものである。彼女の最初の意図に反して、何故フィクション部分が半分を占める作品が出来上がったかを作品の重層性と絡めて考察した。
紀要 ..
紀要 A Summer Bird-Cage における女性達の運命−二人の姉妹を中心として− 単著 1998.9. 『九州女子大学紀要』 第35巻1号 pp.21〜32 Drabbleは、処女作A Summer Bird-Cage で、当時の自分と同年代で大学を卒業したばかりの若きインテリ女性を主人公(Sarah)に設定している。Sarahは同じく大学を卒業した姉Louiseの差し迫った結婚をうらやみながらも、学卒の学位を職業に活かしていない現況で、自己のキャリア追求の夢を捨てきらずに悶々としている。SarahもLouiseも、人生において様々な特権が与えられているが、彼女達の人生はその特権、貪欲さにも拘らず、意図する方向に容易に進まない。A Summer Bird-Cage に出て来る女性達は、姉妹もそのいとこも友人達も幸福を求めながらも、何故か幸には程遠い。Drabbleがこうした女性達を描くことに何を意図していたのか、新しい時代であるはずの1960年代のイギリス社会に存在する社会の不平等感と関連づけて考察した。
紀要 Jerusalem the Goldenに関する一考察 −Claraの生きる姿勢について− 単著 1997.3. 『九州女子大学紀要』 第33巻3号 pp.23〜33 Drabbleの若き主人公達に特徴的な両親の価値観を受け継ぐことが出来ないJerusalem the GoldenのヒロインClaraは、親の愛情が薄い寂しい家庭から、愛を求めて、「生」を求めて都会へと旅立つ。しかしながら、都会の実体は愛に飢えるClaraが憧れた明るい、華やかな世界とは逆で、暗い一面がある。自らが生きるということに執着するがあまり、物事の本質を見失い無骨に生きつつあるClaraの生きざまを、Drabbleの作品のテーマである運命との関係を織りまぜながら考察した。
紀要 The Millstone研究−Rosamundの変容を巡る一解釈− 単著 1994.10. 『九州女子大学紀要』 特別号 pp.91〜104 Fabian Socialistの両親を批判的に見ながらも、彼らの価値観に深く影響を受け、他者との希薄な絆しか求めていなかったRosamundが、未婚のままの思いがけない妊娠、そこから派生した避けられない出産を通して、今までの彼女の性質と異なったものを多々表す。表面的には、Rosamundは両親の教育を離れて自己確立に向かうが、本質的には、子供の誕生にも拘らず、他者との希薄な人間関係しか求めようとしない他者に対するその姿勢を変えることが出来ない。そうした彼女の妊娠、出産を通して見られる数々の変化を彼女の真の意味での変容、もしくは成長と捉えられるのか考察してみた。
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紀要 The Millstoneにおける現代の罪と罰 単著 1994.3. 『九州女子大学紀要』 第29巻1号 pp.89〜102 Fabian Socialistの両親に依存は大罪だと教えられ、他者に依存することを極度に嫌うThe 
Millstone の主人公Rosamundは、早くから自立した人生を送ろうとする。彼女は、博愛、平等、正義を重んじる両親の影響もあって、人間的感情である愛、嫌悪に無縁の人生を歩んでいる。博愛主義をその生活信条とする彼女の両親は、子供達に自由を与え、親子間の特別な愛情を子供達に注ぐことなく彼らを育ててきた。親子の情愛に薄いRosamund は、自らが親から特別な愛情を与えられなかったので愛がどのようなものかわからず、他者を愛することが不得手である。Rosamundが他者を愛することができないことが、彼女の人生をどのような方向に導いているのか考察した。
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紀要 “A Painful Case”研究−James Duffyの二面性に関する考察− 単著 1990.3. 西南学院大学大学院 『文学研究論集』第9号 pp.23〜34 自らの選択であらゆる人間関係を否定し、その生活に誇りを覚え、毅然と人生を歩いている麻痺の典型のようなDuffyが、様々な行動の中で彼本来の孤独に生きることを良しとする生活信条と異なった姿を見せ、彼の持つ二面的性質を示唆する。わずかに垣間見ることができる彼のこうした二面的性質ゆえに、彼と既婚者であるSinico夫人との関係もある程度の展開をした。しかしながら、二人の関係が恋愛関係に発展しようとする段階になると、Duffyは夫人との関係を断ち、孤独な彼女を死に至らしめた。精神的不具者がその生きる姿勢を変えられそうな唯一の可能性であった夫人が亡くなり、Duffyは自らの行動の正当性を感じている以上、自己の姿勢に対する逡巡などない。何十年もその不毛な生活に誇りを覚え生きてきた彼は、その生きる姿勢を変えられそうな機会すら自ら壊し、Irelandの麻痺は精神的死の世界にまで達していると指摘した。
紀要 “A Little Cloud”研究−Contrastsについて− 単著 1989.3. 西南学院大学大学院 『文学研究論集』第8号 pp.45〜57 Joyceは“A Little Cloud”の中で作品を構成している登場人物、状況などを悉く対比させている。そして、その対照は殆どIrelandとIrelandの外の世界との対照と捉えることができる。“A Little Cloud”は一見すると、Irelandの腐敗、沈滞した様子とは対照的にIrelandの外の世界は明るい希望に溢れるところと描かれているように思える。しかしながら、両者の対照を追ってみると、Irelandの外の世界にも腐敗の縮図が存在し、Ireland同様麻痺に無縁の世界ではないことがわかる。本稿では、対照を追うことによって、IrelandとIrelandの外の世界との関係、Joyceの故国Irelandに対する見解を考察し、Joyceが麻痺した世界だと述べるIrelandに対する彼の見解は一様ではなく、曖昧であることを指摘した。そして、Joyceが対照を用いる意図としては、作品に難解さを出す為、故意に二面的解釈を可能にする技法として対照を用いているのだろうと結論づけた。
紀要 ..
紀要 ..
学会発表 【国際学会発表】The Development of Writing Techniques in M. Drabble’s Works with Particular Focus on The Waterfall and The Seven Sisters 2013.6. Great Writing Creative Writing Conference (London, U.K.) 初期の作品では、日常性に立脚した比較的平易な作品を描いていたドラブルが、20世紀終わり頃から語りの難解な作品を手掛けるようになっている。彼女の初期の作品の中で、初めて語りの技法を用いた作品と21世紀になって刊行された作品の中で特に語りが複雑な作品を選び、彼女の創作手法の変遷を探って行った。
学会発表 【国際学会発表】English Education in Elementary Schools in Japan-From This Spring- 2011.9. 4th International Adriatic-Ionian Conference:Across Languages and Cultures (Venice, Italy) 平成22度まで、学校裁量で行われていた小学校での英語活動が平成23年4月から5,6年生で必修化されたことで、平成22年度までの取り組みと平成23年4月からの取り組みには、相違が生じているはずである。必修化となった今、文科省が初めて英語活動のスタンダードとして配布した「英語ノート」も改訂となっており、小学校の現場でどのように英語教育が展開されているか、数校のモデルを紹介し、日本の初等教育機関での英語教育のあるべき姿を考察した。
学会発表 【国際学会発表】 English Education in Elementary Schools of Japan and South Korea 2011.3. TNTESOL 2011 (Murfreesboro, Tennessee ) 平成23度から、小学校で外国語活動の一つとして、英語活動が必修化となったが、移行期間であった平成22度は全国的に「英語ノート」という共通したテキストはあったが、その取り組みは、同じ教育委員会の下でも、学校裁量であった。母国語の文法が大いに英語とは異なり、英語が生活に根ざしていない外国語であるのは、韓国でも同じである。しかしながら、韓国は母国語の持つ不利さにも拘らず、英語教育が進んでいる。日本と韓国のこうした現状を紹介し、母国語の文法が全く英語と異なっている児童に英語を教えるのに、どういう方法論が有効であるのか考察してみた。
(共同発表者、Ryne Richards)
学会発表 諸外国の初等教育機関における英語教育の現状から日本の初等教育機関における英語活動の現状を考える-イギリス・韓国・日本- 2013.11. 第42回九州英語教育学会 佐賀研究大会 平成23年4月に小学校5,6年生において英語が教科外とはいえ必修化となり、約2年半が経過している。 10年程の準備期間の後での必修化とはいえ、現場では児童への英語指導に苦慮している現実がある。日本の小学校教員が英語指導において求められることは、第一に音声面での熟達である。そこで、イギリスの小学校での低学年児童への母語教育の現状、及び、韓国の小学校での中・高学年児童への英語教育の現状から、日本の小学校での英語活動の現状を考察し、日本の小学校における英語活動の改善点を考えて行った。
学会発表 The Peppered Mothにおける「過去と現在」 と重層性 2012.9. 英米文化学会第30回大会 (於 山梨県立大学) Drabbleは自らの母親を中心とする家族史の執筆を意図してこの作品を書き始めたが、出来上がった作品はドキュメンタリーとフィクション部分が同比重のものである。彼女の最初の意図に反して、何故フィクション部分が半分を占める作品が出来上がったのかを作品の持つ重層性と絡めて考察した。
学会発表 ..
学会発表 M.Drabbleの作品における家族関係―The Ice Ageを中心として 2008.10. 第61回日本英文学会九州支部大会(於 福岡大学) Drabbleの作品の中で、初めて男性主人公を用いたこの作品で、今まで彼女が描いてきた寂しい家族関係が一見すると今までと何の変化もないようだが、よく観察してみると、代表作The Millstoneに見られる典型的構図から外れているように思える。ここで見られる家族関係をDrabbleの描く典型的家族関係と比較考察してみた。
学会発表 The Seven SistersにおけるCandidaの人生と語りの問題 2007.9. 英米文化学会第25回大会(於 日本大学) Drabbleの描く女主人公は、実年齢のDrabbleに近い者だと言われているが、Candidaもそうした指摘に当てはまる人物である。長年主婦として家庭を預かってきたCandidaは、夫の裏切りによって人生の後半で一人で人生を生きる選択を余儀なくされる。離婚という難局に出くわし、Candidaは、夫だけではなく3人の子供たちからも見放されるという憂き目にあう。しかしながら、こうした局面でも何故かCandidaは、将来への希望で一杯である。人生の難局に直面しての彼女の揺れ動く心情とDrabbleがこの作品の中で様々な語りの変化を用いているがこれらがどのように関連しているのか論じた。
学会発表 ..
学会発表 Jerusalem the Goldenにおける家族像―母と娘の関係を中心にー 2006.9. 英米文化学会第24回大会(於 茨城大学) この作品の主人公Clara Maughamは、Drabbleが描く主人公達の中で、彼女がその将来に一番危惧感を覚えると述べるほどその生き方が危険な人物である。しかしながら、こうしたClaraの危険な生き方を超えて、Jerusalem the Goldenを熟読する
と、読者はClaraを取り巻く家族関係に一種特異なものを感じる。本発表では、Claraの家族関係をー特に、母娘関係をー分析することによって、イギリス人の家族のあり様を考えてみた。
学会発表 The Garrick Yearにおける「女であること」と「母であること」の意味 2000.9. サイコアナリティカル英文学会第27回大会 (於 園田学園女子大学) 若き女主人公Emmaは、人生の入口で自己の人生の方向性を求めて模索している。Drabbleが自己確立の過程を描いた彼女の'60年代の女主人公達とEmmaが異なるのは、夫の存在が身近にあり母であるEmmaは、彼女が望むように自由には人生の選択が出来ないということである。こうしたEmmaの「女であること」、「母であること」の意味を論じてみた。
学会発表 A Summer Bird-Cageにおける姉妹の「生」と「性」 1997.10. 第50回日本英文学会 九州支部大会 (於 熊本学園大学) Drabble の処女作であるA Summer Bird-Cageは、今後Drabbleが作中で展開して行く様々なテーマを含んでいる。その中で、第二次女性解放運動が活発になる前の1960年代初頭に書かれたこの作品は、家父長制の残る社会で生きる女性の困難に焦点を置いている。大学を終えたばかりの若きインテリ姉妹が壁に突き当たりながらも人生を模索する様子を彼女らの「性」の影響を織りまぜながら論じてみた。
学会発表 Jerusalem the Golden におけるClaraの自己追求 1996.10. 第49回日本英文学会 九州支部大会 (於 福岡女子大学) Jerusalem the Goldenの中で、主人公 Clara Maughamは自分の生まれ育ったイギリスの北部 Northam、そして、自分の家庭を嫌い、青い鳥を求めて都会に出ていく。多くの人は、自らの人生を十分に生き、幸福になりたいと思っている。しかしながら、Claraの生きる姿勢に、何か引っかかるものを感じるのはDrabbleも同じである。こうした Claraの無骨な生きる姿勢の背景にあるものを中心に論じてみた。
学会発表 『滝』に関する一考察−両義性と語りの問題− 1995.11. 日本キリスト教文学会 九州支部秋季大会 (於 北九州大学) 自らがイギリスの伝統小説の流れを汲むことを自負し、実験小説に反発を示しているDrabbleが、『滝』において初めて語りの変化という技法を使用している。単純、明快であることを意図している彼女が、この様な技法を目的なしに使用するはずはない。作品の両義性との関係でこの技法を論じてみた。
学会発表 ..
学会発表 Dublinersを読む(シンポジウム) 1988.10. 第41回日本英文学会 九州支部大会 (於 大分大学) Dublinersの中で“A Little Cloud”の部分を担当し、Joyceがこの作品の中で作品を構成している登場人物、状況などを悉く対比させていることを指摘した。そして、Joyceがこのような対照を作りだすことによって、何を狙っていたのか作品の結末との関係で考察してみた。
その他 [博士学位論文] 時代思潮の変化からマーガレット・ドラブル文学を読む―リアリズム小説から実験小説への流れ― 単著 2016.8. 長崎大学 1960年代初頭刊行の処女作から21世紀刊行の近年作までの中で、代表的な作品を選択し、作品研究を行った。また、作品研究を行うに際して、初期の作品と近年の作品では大きく作風が異なっているので、その作風の相違を文学界を取り巻く時代思潮の変化と絡めて分析した。
その他 書評:Anne Enright: The Gathering 単著 2011.3. 『英米文化』第41号 pp.93〜97 2007年、ブッカー賞受賞作であるA. EnrightのThe Gatheringは、一見、ブライトンの海岸で自殺した兄、Liamの亡骸を妹、Veronicaがダブリンから引き取りに行き、彼の葬儀の為に一族の者が集うというシンプルなストーリーである。しかしながら、この作品を詳細に読んでみると、過去の事象と現在の事象が複雑に交錯したり、語りの曖昧性ゆえに、事の真実が見えにくいところがある。こうした観点からこの作品を考察し、世紀をまたぐ頃からまた実験小説が流行るようになり、難解なこの作品がブッカー賞受賞の栄誉に輝いたのもそうした背景があるのではないかとして、作品紹介をした。

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